20年に一度、伊勢神宮は新しく生まれ変わります。遷宮の詳細はこちら
その式年遷宮に使われる御用材を、人の手で神域へ曳き入れる行事が「お木曳」です。今回私は、伊勢の外から参加する「特別神領民」として、小川町勢勇団の綱を握らせていただきました。
朝5時ごろ、まだ空気が静かな宮川堤防から一日が始まります。まずは「どんでん」と呼ばれる作業で、御用材を堤防側から道路へ引き上げます。皮を剥いだばかりの檜はあの新品のヒノキの香り、淡い色をしていて、近くで見ると想像以上の迫力があります。



その後、御用材は奉曳車に載せ替えられます。左右に伸びる綱は約300メートル。両手でも握りきれないほど太い藁綱を、約3000人が手に取ります。
8時ごろ、いよいよ出発です。

木遣りの声が高く響き、参加者がそれに応える。
「エンヤ、エンヤ」
最初はびくともしません。けれど、全員の力がひとつになった瞬間、奉曳車がゆっくりと動き出しました。木の車輪と軸がこすれ合い、低く響く「椀なり」の音が道に広がります。その音が、外宮まで続くこの日のBGMになりました。
道中は、ただ黙々と曳くだけではありません。
進んでは止まり、木遣りが入り、綱を大きく上下左右に振る「練り」が始まります。先ほどまで穏やかだった空気が一変し、「セイヤ、セイヤ」という掛け声とともに熱気が一気に高まる。綱の間に木遣り隊を挟み、持ち上げるように揺らす場面では、沿道からも大きな歓声が上がりました。

そしてまた進む。
休憩をはさみ、また曳く。
木遣りが響き、椀なりが鳴り、綱が動く。
塾やコンビニの前を、神宮の御用材が人の手で進んでいく。その光景が、とても不思議で、同時にとても自然に見えました。伊勢の町にとって、お木曳は特別な行事でありながら、暮らしの中に息づいているものなのだと感じました。

外宮に到着するのはお昼ごろ。数キロの道のりを、休憩を含めて3〜4時間かけて進みます。
機械を使えば、もっと早く運べるはずです。けれど、お木曳の意味は速さではありません。綱を握り、声を合わせ、身体で覚えること。その経験を通して、20年に一度の伝統が次の世代へ渡されていきます。
子どもたちも綱の後ろを持ちます。今はまだ力にならない小さな手も、20年後には大人の手になっているかもしれません。そしてその頃には、また自分の子どもを連れて同じ綱を握るのかもしれません。
私が曳いた御用材は、2033年の式年遷宮で新しい社殿の一部になります。参拝する人のほとんどは、その木が誰の手で運ばれたのかを知ることはないでしょう。
でも、それでいいのだと思います。
お木曳は、自分の名前を残すための行事ではありません。自分よりずっと長く続いてきたものの、ほんの一部を担わせてもらう時間です。
あの最初のひと引きの重さ。
椀なりの低い音。
木遣りに合わせて、知らない人たちと同じ方向へ進んだ感覚。
2033年が、少し近く感じられるようになりました。

